What is man without beasts?
If all the beasts were gone,
man would die from a great loneliness of spirit.
For whatever happens to the beasts,
soon happens to man.
All things are connected.
Chief Seattle


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 はじめに

  最初のゴールデン・レトリバーが我が家にやって来たのは1986年5月のこと。
日本におけるゴールデンの幕開けが1982年だから、ほぼ初期の頃だったと言ってよいと思う。
(社)ジャパン・ケネルクラブ(JKC) の登録頭数と本部展の出陳頭数の推移(下表参照)を見るとじわじわと押し寄せてくる その時代の鼓動までもが感じられる。

早いもので、バードランドは もうすぐ四半世紀を迎えようとしている。
犬を飼いたいと言い出した息子たちは まだ幼くて、手をつないで一緒にゴールデンを散歩に連れて行った。 私の手の中にスッポリと収まるほどの 彼らの小さな手の感触が、ゴールデンの思い出と重なって、つい昨日のことのように思い出される。 私の人生で大切な宝物となっている。
きっかけは人それぞれにあるだろうけれど 一度ゴールデン・レトリバーにめぐり会ってしまうと、
その魅力に 『はまってしまう』 と言っても過言ではないだろう。

多聞にもれず私も 『ゴールデン・オタク』 なってしまった。 犬種に対する研究にも余念がなく、
毎年、米国各地で開催されるナショナル・スペシャリティや、恒例のニューヨーク、マジソンスクエア・ガーデンで開催されるウエストミンスター展を見学に行き、勉強会に出席し、実績のあるブリーダー諸氏に教えを請うた。 北九州ゴールデン・レトリバー・クラブを設立し、ゴールデンの専門家として屈指の審査員を海外から招き スペシャリティ・ショーを4度開催した。
そのスペシャルティー・ショーも、こうやって推移表に当てはめて見てみると、過渡期の中に存在し エキサイティングな時 を過してきたことを 感じさせられる。

人前に立つのも遠慮したいような私が ブリーダー・オーナー・ハンドラーとして 米国スタイルのショーイングを大義名分として、意気揚々と ドッグショーに出て行って、我が家で生まれたゴールデンたちを 沢山のギャラリーに囲まれたショーリングで 披露した。 挙げ句の果てに、ハイエースのスーパーロングボディ(10人乗)を買いこんで ゴールデン用に改造し、今ではとても考えられないけれど、一人で運転して 関東、関西、四国にまで 何度も遠征に行った。 バードランドの冠を付けたゴールデンたち ヤンヤン、デューク、メイ、シロピー たちが 思っても見なかった 感激と興奮の渦の中に 私を連れて行ってくれた。 費やした時間や労力を愚かしいこと と一笑に伏すには余りある スペクタクルな経験であった。

純粋にゴールデン・レトリバーを思う気持ちからは かけ離れた 組織の問題によって、2003年に
北九州ゴールデン・レトリバー・クラブは解散した。 時代は急降下を始める寸前だった。
ゴールデンに対する熱い思いと 強い意思で、頑張ってきたつもりでいたのだけれど、こうやって推移表に出来事を記入して見ると、全ての出来事が登録頭数の推移とピタリと一致する。
どうやら時代の波に乗せられて、そして、降ろされただけなのかもしれない。

他の犬種も このような推移を形成しているのだろうか、それともゴールデン・レトリバーに特有の波形なのだろうか、この先、ゴールデン・レトリバーは どのように展開していくのだろうか。
ゴールデン・レトリバー・オタクである私はこれから先、どうすべきなのだろうか。 到達点を感じることはあるのだろうか、愛らしく 賢い 人の仲間として暮らせる犬種が本質的に愛されて 育てられ続けることを 切に望むのは私だけではないだろう。
多くの課題を見つめながら、具体的な方向を見定める時期にきていることは確かである。

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【 参考資料 】 ゴールデン・レトリバーの推移表
     JKC登録頭数 : 本部展出陳頭数
 1982年       8       0
 1983年      20       0
 1984年      69       2
 1985年     212       2
 1986年     551      19
 1987年    1143      13
 1988年    1853      25
 1989年    3214      61
 1990年    5382      73  最初の10年
 1991年    9405      54  大爆発へのプレリュードだったのだろうか

 1992年   20206     137  北九州ゴールデン・レトリバー・クラブ設立
 1993年   35802     218
 1994年   46177     359  Specialty Show 105頭 審査員 Mr. Fukushima
 1995年   48946     257  Specialty Show 132頭 審査員 Ms. Cherry Burger
 1996年   51576     223  Specialty Show 101頭 審査員 Mr. Jeffery Pepper
 1997年   44897     226
 1998年   33508     228
 1999年   29079     213  Specialty Show 86頭 審査員  Mr. Michel Folkner
 2000年   22719     233  大爆発の10年
 2001年   18193     158  ポジティブな育種が成功したのだろうか

 2002年   16269     132
 2003年   13458     156  北九州ゴールデン・レトリバー・クラブ解散
 2004年    9675     137
 2005年    7536     123
 2006年    6699     113
 2007年    6379     128  爆発の余韻を残しながらも劇的に縮小しているのは
 2008年    6544     110  何故なんだろう
 2009年    7549     130
 2010年    6935     146
 2011年    7151     ーー

 2012年    7331     110
 2013年              87
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